特定非営利活動法人 日本免疫学会
理事長 小安 重夫
- 感染症と闘う免疫システムとは
現在、新型コロナウイルス感染症は人から人へ伝播が続いており、また高齢者や基礎疾患がある方々が重症化し、多くの方が亡くなっています。全世界的に大きな社会問題であり、私たち人類はこのウイルス感染症と闘わなければなりません。私たち人間が持っている免疫システムは、そもそも異物からからだを守る働きを持っており、感染症と闘う一番重要な仕組みです。私たちの免疫システムは「自然免疫システム」と「獲得免疫システム」の2つのシステムから成っています。沢山の種類の細胞が複雑に助け合って体を守る仕組みを作っているため、私たちはこの仕組みをシステムと呼んでいます。自然免疫システムは病原体が体の中に入ってきた時にいち早く反応して病原体を攻撃し、病原体が急激に体の中で増えないように抑え込もうとします。自然免疫システムは病原体の種類を問わず、相手がウイルスでも細菌でもとにかく早く病原体を攻撃できるという特性を持ちます。一方で、病原体側もなんとかこの自然免疫の攻撃から逃れようと、色々な工夫をしていますので、自然免疫システムだけで、世の中に存在する病原体すべてと十分戦えるかというと、残念ながらそうではありません。それを助けてくれるのが、獲得免疫システムです。
獲得免疫システムは、病原体それぞれの特徴を細かく見分けて強力に攻撃をすることができるので、より効果的に病原体を押さえ込むことができます。はしか(麻疹)にかかった人は2度とはしかにかからず、水ぼうそう(水痘)にかかった人は2度と水ぼうそうにかからないことはよく知られます。「免疫ができた」といいますね。しかし、はしかにかかった人も水ぼうそうにはかかります。水ぼうそうにかかった人もはしかにかかります。これは、はしかに対する獲得免疫ははしか専用で、水ぼうそうに対する獲得免疫は水ぼうそう専用だからなのです。免疫システムがどのようにして感染症と闘うか、そして「免疫ができた」という状態はどういう状態なのかを順に解説します。
- 自然免疫システム
ウイルスは自分単独では増えることができません。私たちの細胞に入り込んで細胞を乗っ取り、その中で増えます。ウイルスは私たちのからだの表面を覆う皮膚や粘膜(鼻やのどの奥、消化管、生殖器など)から侵入します。たとえば、新型コロナウイルスが感染すると、感染した細胞の中で1個のウイルスから1,000個程度のウイルスが作られます。できた1,000個のウイルスが周りの細胞に感染すると、その次は1,000x1,000で100万個のウイルスが産まれるので、すごい勢いでウイルスが増えていきます。これに対抗して、細胞側はウイルスが感染するとインターフェロンというタンパク質を分泌します。インターフェロンを受け取った周りの細胞はウイルスに感染しにくいように性質を変えることでウイルスの広がりを抑えます。また、ウイルスが感染した細胞は血液中を流れるNK細胞と呼ばれる白血球によって攻撃され、殺されます。このように、感染後すぐにウイルスと戦う免疫の仕組みは、私たちがうまれながらに持っている仕組みで、「自然免疫システム」と呼びます。ちなみに、ウイルスではなく細菌の感染に対しては、顆粒球やマクロファージと名付けられた白血球が細菌を細胞内に取り込んで(いわば食べて)殺菌します。これらの自然免疫システムはウイルスの種類や細菌の種類を問わずに働きますので、最前線の防御システムといえます。しかし、これでも万全ではないために、次に獲得免疫システムが働きます。
- 獲得免疫システム
さて、「免疫ができた」というときの主人公は、獲得免疫システムです。主役は血液中を流れる白血球の一種のリンパ球です。リンパ球にはTリンパ球とBリンパ球の2種類があります。はしかウイルスに対する戦いでも水ぼうそうウイルスに対する戦いでも、戦いの主役はリンパ球です。私たちの体の中には約1兆個のリンパ球がありますが、原理的には1兆個のリンパ球は一つ一つ違った病原体と戦う能力を持っています。そのため、はしか専用のリンパ球や水ぼうそう専用のリンパ球の数はとても少ないのです。新型コロナウイルス専用のリンパ球も私たちは既に持っていますが、これも同様に数はとても少ないので、直ぐには戦えません。はしかにかかった人のからだの中でははしか専用のリンパ球が増えます。その時にBリンパ球ははしかウイルスと戦って無害化する抗体というタンパク質を作ります。Tリンパ球ははしかウイルスが感染した細胞を見つけ出して殺すキラーT細胞に変わります。これらの武器を用いることで自然免疫システムでは押さえ込めなかったはしかウイルスを撃退するのです。
そして病気が治った後にも闘病中に数が増えたBリンパ球やTリンパ球、そして抗体がからだの中に残るので、2度目の感染の際には速やかに対応して、はしかウイルスを撃退することで発症を抑えるのです。これが、私たちがはしかに対して「免疫ができた」という状態です。そしてこのしくみを応用したのが以下に述べるワクチンです。
- ワクチンの原理と種類
新型コロナウイルスは今回初めて人間界に侵入してきたため、誰も十分な免疫を持っていません(すなわち新型コロナウイルスと戦える十分な数のリンパ球を持っていないということです)。そこで、新型コロナウイルスの部品であるタンパク質を注射したり、ウイルスの設計図であるmRNAを使って新型コロナウイルスの部品をからだの中で作り出すことで、新型コロナウイルス専用のリンパ球を増やし、新型コロナウイルス専用の抗体を作らせ、私たちのからだが新型コロナウイルスと戦う体制を整えるのがワクチンの目的です。ワクチンには色々なタイプがありますが、どのタイプでも、あくまでウイルスの部品であったり、病気を起こさないようにしたウイルスを用いるので、ワクチンが新型コロナウイルスと同じ病気を起こすことはありません。
1)これまでで最も成功したワクチンは天然痘に対するワクチン、いわゆる種痘です。致死率30%といわれ、有史以前から人間を悩ませてきた天然痘が根絶できたのは種痘のおかげです。これは牛痘というウシのウイルスを人に接種したワクチンです。ウシの病気ですので人は重篤な病気にならないのですが、牛痘専用のリンパ球は天然痘ウイルスにも働けるために大きな効果が得られました。
2)病気を引き起こすウイルスであっても試験管の中で増やしている間に病気を引き起こす能力がとても低くなるウイルスが現れます。これを利用したのがポリオ(小児マヒ)などに使われる生ワクチンです。病気を引き起こすことなくポリオ専用のリンパ球を増やし、抗体を作らせることができます。
3)さらに病原体をあらかじめ殺してから接種するワクチンもあります。A型肝炎ウイルスや狂犬病ウイルスのワクチンがそうです。
4)さらにウイルスが持つタンパク質を用いたいわゆる成分ワクチンもあり、インフルエンザワクチンはその一つです。ただし、成分ワクチンは免疫システムを刺激する能力が弱いので、アジュバントという免疫賦活化剤を同時に接種しています。
5)ウイルスではなく、細菌が作る毒によって病気になる、ジフテリア、百日咳、破傷風といった病気に対しては、毒性のなくなったタンパク質を用いたワクチンが用いられています。いわゆる3種混合ワクチンです。
6)今回開発された新しいワクチンの一つがmRNAワクチンです。mRNAはタンパク質の設計図であり、新型コロナウイルスのタンパク質の設計図のmRNAを接種することによって体の中で新型コロナウイルスのタンパク質を作らせて新型コロナウイルス専用のリンパ球を増やし、抗体を作らせようという仕組みです。このワクチンの製造には新型コロナウイルスや新型コロナウイルスを増やす細胞などを使わないことから品質管理が比較的容易なこと、また新型コロナウイルスに変異が生じた時には変異ウイルスに合わせたmRNAを用いることで迅速に対応できるという利点を持っています。
- おわりに
日本免疫学会は免疫システムの研究を通して、病気の原因解明や治療法の開発に役立てることで、社会に貢献することを目指しています。免疫システムの研究を推進し、新型コロナウイルス感染症をはじめとする感染症や免疫システムが関係する様々な病気(アレルギーや自己免疫疾患など)の診断、治療、予防に貢献することを目指します。そして、皆さまに科学的知見に基づいた情報を発信し、感染症や免疫システム、ワクチンなどに関する皆さまの理解を助ける活動をしていきます。
作画:河本 宏(京大ウイルス再生研)