| 高校生物の免疫についての質問コーナー | 学術会議の高等学校の生物教育における重要用語における免疫関連用語の変更について |
- 学術会議の高等学校の生物教育における重要用語における免疫関連用語の変更について
この度、日本学術会議の「高等学校の生物教育における重要用語」の2025年版が公表されました。日本免疫学会では、2025年版の作成に関わって参りました。その結果、免疫学領域の重要用語で少なからず変更が生じましたので、その背景についてご説明いたします。
【2025年版に新たに収載された免疫学領域の用語】
最重要語(2語):自然免疫、獲得免疫(適応免疫)*
重要語(14語):免疫記憶、免疫寛容、炎症、抗原提示、一次応答、二次応答、記憶細胞、好中球、 NK細胞、骨髄、リンパ節、免疫応答、花粉症、エイズ(AIDS)
※上記の下線のある6つの用語は日本免疫学会からの要望に基付いて収載された。
*獲得免疫と適応免疫は歴史的に全く同義の用語として使用されていますが、我が国では獲得免疫の用語を用いることが多いため「獲得免疫(適応免疫)」としています。
【2025年版で削除された免疫学領域の用語】
旧重要語:体液性免疫、細胞性免疫
※この2つの用語は日本免疫学会からの要望に基付いて削除された。
今回の日本免疫学会の要望に基付いて改訂された変更点についての補足説明
(1)獲得免疫(適応免疫)と自然免疫の用語を最重要語として挙げた理由:
免疫応答は自然免疫と獲得免疫(適応免疫)と呼ばれる2つのシステムが互いに活性化しあって成立することが明らかになってきました。獲得免疫はT細胞とB細胞による免疫で、それ以外のマクロファージや樹状細胞、好中球などの免疫細胞が関わるのが自然免疫です。これまで、自然免疫は非特異的で感染初期に働き、それで感染が治まらない場合に、獲得免疫が働き、獲得免疫は病原体を特異的に排除するというように説明されていました。しかし、ここ20年以上に渡る自然免疫の研究により、自然免疫系の詳細が明らかになってきました。
具体的には、自然免疫に関わる種々の免疫細胞には幅広い病原体に共通して発現する分子を特異的に認識する様々な受容体が備わっており、自然免疫細胞がこのような受容体により、迅速にかつ多様な病原体を認識することが明らかとなりました。一方、個々のB細胞とT細胞は特定の分子を特異的に認識しますが、それぞれの細胞が異なる分子を認識することで、数多くの病原体や病原体以外の分子も認識します。このように、自然免疫と獲得免疫では標的の認識様式が異なり、その結果、獲得免疫にあるような免疫記憶は自然免疫にはなく、獲得免疫が効果を発揮するまで時間がかかるなどの免疫反応の違いが生じます。その一方で、自然免疫が獲得免疫を始動することで、獲得免疫反応はもっぱら自然免疫が標的とした病原体に向かいます。また、獲得免疫は種々の自然免疫細胞の活性化を増強することで病原体を排除します。このように自然免疫と獲得免疫はお互いに活性化し合うことで、効率よく病原体のみを排除します。
以上、病原体に対するヒトなど動物の免疫応答は自然免疫と獲得免疫(適応免疫)と呼ばれる2つの認識機構の異なるシステムから成り立っており、この2つのシステムが協調して、感染防御に働くしくみが明らかとなりました。したがって、獲得免疫(適応免疫)と自然免疫の用語は、高校生物で最重要語とすることが必要であると判断しました。
(2)その他の新たに加わった用語に関する理由:
「免疫記憶」や「免疫寛容」は、獲得免疫に特徴的に見られる現象で、獲得免疫とそれに関わる病気を理解する上で重要な概念です。「抗原提示」は、T細胞による抗原認識に関わる仕組みで、通常の受容体とは異なる特殊な認識の仕組みです。「抗原提示」は、自然免疫による獲得免疫の活性化の際にも重要です。また、「炎症」は、免疫応答の形態学的な変化を指すもので、免疫応答の理解に重要であるとともに、免疫が関わる疾患の理解にも必要です。以上のような理由から、これらの用語を高校生物の重要語に含めることが望ましいと判断しました。
(3)体液性免疫と細胞性免疫を削除した理由:
体液性免疫と細胞性免疫という用語は19世紀末から20世紀初頭の免疫学の黎明期には重要な概念であり、免疫による病原体排除で抗体などの液性因子が重要であるのか、マクロファージなどの食細胞による病原体の貪食・殺菌が重要であるのかが激しく議論されました。しかし、研究の発展とともに免疫応答には免疫細胞と液性因子の両方が重要であることが明らかになるとともに、抗体や補体、サイトカインなどの液性因子と、種々の免疫細胞が密接に協調して免疫応答を起こすことが明らかになりました。このため概念としても仕組みとしても細胞と液性因子を分けることの意義はなくなっています。とくに「体液性」という言葉は、まだ詳細が明らかで無かった時代のかなり古典的な用語でもあります。細胞性免疫についてはT細胞や食細胞の機能、体液性免疫については抗体や補体、サイトカインの作用のように、個々の細胞や液性因子の機能を理解することが重要であり、細胞と液性因子という括りで理解することは免疫の理解を助けるものではありません。今回の重要語の改訂が細胞性免疫、体液性免疫という用語の使用を妨げるものではありませんが、これらの概念の重要性は過去のものとなっていますので、高校生物の課程では重要語としての収載は行わないことが適切と判断しました。

