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歴史・受賞・訃報

会員の主な受賞   訃報        

免疫学会の歴史

 1960年後半から、大阪大学関係者を中心とした「免疫化学研究会」(代表:北川正保氏)と京都大学関係者を中心とした「免疫生物学研究会」(代表;岡田節人氏、1967年以降は村松 繁氏)の活動が始まり、1967年には、両研究会がそれぞれ第一回のシンポジウムを開催した。二回目からは両研究会が連携して活動するようになり、次第に日本免疫学会設立の気運が高まってきた。

 

 

 そして、1970年11月29日、名古屋での第4回シンポジウムの際に「日本免疫学会」の設立が決定され、日本免疫学会の第一歩が踏み出された。1971年には国際免疫連合(IUIS; International Union of Immunological Societies)に加盟した。最初の日本免疫学会事務局は京大ウイルス研究所の花岡正男氏のもとに置かれ、その後、1985年京大理学部の村松 繁氏により引き継がれた。免疫学会発足当時の役員は次のようである。

 

会長 山村雄一
運営委員 天野恒久、尾上 薫、北川正保、西岡久壽弥、花岡正男、浜島義博、 松橋 直、右田俊介、三橋 進、村松 繁、山本 正、吉田孝人
監事 牛場大蔵、武谷健二
庶務幹事 花岡正男
会計幹事 北川正保

 

 第1回の総会・学術集会は、花岡正男氏、村松 繁氏の2名を世話人(現在の学術集会長)として、1971年11月30日から3日間、日生研修所(中之島)で開催された。演題数は64、一演題30分(発表20分、討論10分)で、約300人の参加があった。その後、年を重ねるに連れて会員数の増加とともに演題が著しく増加し、ますます活発な討論が学術集会で行われようになった。この各発表後に行われる会員間の丁々発止の討論のやり取りは、この頃の免疫学会の大きな特色でもあった。設立以来24年にわたり、花岡氏、村松氏の献身的な努力により運営されてきた免疫学会事務局は、1995年に日本学会事務センターに引き継がれ、2005年よりNPO法人化した。

 

 1970年代後半からの日本免疫学会員の国際的な活躍とともに、日本免疫学会が国際免疫学会を主催することとなり、山村雄一会長、多田富雄プログラム委員長のもとに綿密な準備がなされ、1983年8月、京都において第5回国際免疫学会が開催された。会議は世界各国から4,000 余名の参加者を集め、T cell receptorの発見、国際学会初めてのAIDSの症例報告等、エポックメーキングな発表が多く、大成功裡に終わった。1995年に多田富雄氏が国際免疫連合(IUIS)の会長に選出され、その後3年間のIUISの国際的活動において指導的な役割を果たした。1997年には、笹月健彦氏がFIMSA (Federation of Immunology Societies of Asia-Oceania)の会長に選出され、3年の任期を務めた。1989 年には多田富雄氏の発案により、日本免疫学会とOxford University Pressとの共同発行で、「日本発」の免疫学国際誌としてInternational Immunologyが創刊された。初代Editor-in-Chiefには多田富雄氏が就任し、2002年に岸本忠三氏に、2017年からは審良静男氏に引き継がれ、現在に至っている。

 

 国内の活動としては、1976年には日本医学会に加盟した。1993年にJSI Newsletterが発刊された。1997年には、優れた若手研究者に授与される日本免疫学会賞が創設された。長年にわたり右田俊介氏により継続して作成 されていた「免疫実験便覧」は1996版をもって終刊し、2006年には オンライン 閲覧サービスも終了している。総会・学術集会に関しては、1971年の第1回以来、年1回、総会・学術集会が開かれ、シンポジウム、ワークショップを含め毎年1,000題近い研究発表がなされている。